情報ベースと世界ベース

一ノ瀬正樹氏が言うように、本書は驚くべき書物である。秀逸である。

基礎的な自然法則は確率を含んでいない。しかし人は確率を使う。なぜなら、不公平なシナリオであっても、賭け金の分割問題を簡単に解決できるからだ。

情報ベースの意味での確率を割り当てる際に、世界ベースの意味の確率 ーあるいは、世界ベースの確率が存在しないと言いたいのであれば、たんに出来事の頻度を考えると、影響力区間の問題があるゆえに、主観的解釈から客観的ベイズ主義へ、間主観的確率から間客観的確率へと進むことができる。

なお集団の合意が集団の確率を導くには、特定の仕方で実現されなければならないとするのは、理にかなっている。

つまり出来事に関する確率がある観察者にとっては存在し、他の観察者にとっては存在しないと言う結論はかなり直観に反する。むしろ、私たちは、もし世界ベースの確率が存在するのなら、観察者とは独立に存在すると言いたいのだ。

つまり量子論によって世界が非決定論的であることの証拠が与えられるとは思えない。やはりアインシュタイン氏が言ったように、神はサイコロを振らないのである。

 

参考

現代哲学のキーコンセプト「確率」    ダレル・P・ロウボトム 著