ヨハネ伝注解(マイスター・エックハルト)

「自己を超えた無」は存在する。

「知性は、一切を認識するために、一切の無なのである。それは認識する以前には、自らの何物ももたず、それ自身の何ももたない。」

知性は一切のものを認識するために、それ自身が無であるようなものであり、それ自身が認識する対象がもつような存在をもたない。

根底とは無という循環である。 

 

参考

「存在の呪縛」    松井吉康 著