選択の物語

選択はどんなに用いても底をつくことはない。だから「選択の物語」にしがみついてさえいれば、選択を実行する能力を失わずにいられる。

「完璧な自己」はない。選択の進化を通して自分探しをするのである。ひとは過去の感情を思い出すのも、将来の自分の感情を言い当てるのと同じくらい下手であるからだ。

だから「わたしは自分が何ものであるかを知るために、選択するのだ」と。

選択は創られる。だから投票(洗脳)という、民主主義の根幹はいとも簡単に揺るがされる可能性はある。しかし判断の一端を他者に委ね、自分の行動に制約を加えることで、選択のプロセスを自分に有利に変えることはできる。それが「専門化よりもより専門化に相談する」(メタ専門化の出現)と言う事である。

 

参考

「選択の科学」    シーナ・アイエンガー 著