承認と認識

現実認識は思い出しやすい情報で構成される(利用可能性ヒューリスティックス)。意識しやすい程度を「記憶の利用可能性」という。経験にもとづく現実認識(代表性ヒューリスティックス)はまさにその代表である。数学的な論理性よりも判断されやすい。

社会性は時代経験の共有財産だから、産業の科学化もその意味で制度化(技術・職業化)されやすい。

ゆえに記憶は、直接の過去においては不可能だったものの【即時的可能性」を示すことが可能であると言う事もできる。そしてこの二重の流れに、たえざる「刷新」という力学を授けるのである。

社会性をめぐる基礎的考察では、承認が認識に優先する。ここには、社会性の土台をなすものとしての他者への「関心」が「認識」よりも優先するからである。そして関心を寄せるという態度が、現実を中立的に認識する態度に先立つ。

世界へと客観化しつつ向き合うわれわれの態度一切の根底には、実際、「実存的な関心層」がある。先行する承認は、われわれの思考の客観化する働きの可能性の、反対物ではない。その「制約」である。

ゆえに「物象化」が病理であるとしても、その責めは、認識そのものには着せられない。問題はあくまでも「後続した場合」の「承認忘却」にあるだけだからである。

 

キーワード:悪玉と善玉 物象化

 

参考

「安全とリスクの心理学」こころがつくる安全のかたち    土田昭司 編著

「科学の社会史」    古川安 著

「メシア的時間」歴史の時間と生きられた時間     G・ベンスーサン 著

『「承認」の哲学』他者に認められるとはどういうことか    藤野寛 著