大伽藍(空)

「主は言われた。隣人よ、心貧しき者よ、なぜ私の隣に来ないのか。私には十分な用意がある。」

これは礼拝堂に集まり、自分のための祈りを訴えるお話ではない。

「私」とは用意された大きな伽藍である。そこで気づきのために、あらためて己の反響を、自身が傾聴するためだ。そしてその空のなかで、自分が満たされるために無限(自身)に奏でよ。