分離・統合のセルフ・メディケーション

本書は秀逸である。

「生活管理の仕法」として、世の変転にも通じて「知識をおのずから開く」ことは、「人道の成就」、人格の完成である。世間や家族に迷惑をかけ、「死後の嘲弄」あざけりを招くことを戒める。短命から長寿となっても自己の健康管理を怠れば、冷酷な仕打ちが待っていると言うのが世の現実である。

能力発現の基礎となる精神・健康の基盤は「家」の存続から、自己責任の時代に移り、それに資する術と知識を知り、あるいは提供できるように国家衛生は進んで来た。個人の自覚なくして国家の発展はないと後藤新平氏等の訴えは、後の「国民健康保険法」へとつながって行く。

しかし気軽に受診できる医療環境が整うにつれ、病気になっても医者任せ、大丈夫、という生活習慣病の引き金となる不摂生を続けるという倫理・責任感の欠如(モラル・ハザード)も生まれて来た。

貧しいからの売薬頼みという迷信医療から、良い医者を見分ける受診心得と売薬の知識の発展的同一性は分離・統合を西洋医学に導いたが、売薬から保険のきく処方箋薬に乗り換える動きも促進され、医療用医薬品を大量消費させる構造が作られることにもつながり、国民医療費は急増した。

内科的な治療が侵襲的な外科治療にとって代わられたとしても、病人の心身における負担はいま矛盾に満ちている。

ゆえに「セルフ・メディケーション」と言う概念は、こうして様々な自己制御・抑制を考えるための知識をあらためて育てた。これは発展とともに欠陥を意識する時代の「生戦略」であった。

 

「参考

「売薬と受診の社会史」健康の自己管理社会を生きる     新村拓 著