メディア不信

本書の視点は、見通しを持つ。

「メディア不信」は、ますます非流動的になっていく格差社会から生まれた一つの症状と捉えることができる。従来メディアは社会の亀裂をつなぎとめ、共通基盤を提供してきた。いわゆる「公共的基盤」を社会に提供してきたのである。それが市場原理で作動する顧客の嗜好に合わせたデータ加工に終始したため、党派政治・特定企業・経営予測だけに利益偏向があらわれ、そこに市民の影が薄くなってしまったのである。

個人主義の台頭がメディア「統合」を疑っていた隙に、「公共」概念に無意識に反抗していたという構図の可能性も大いにありえる。

今後、あらためて自分の存在(個人)が公共の場で表象されて、権利主張できるに値するものとしての回復を願うばかりである。

 

参考

「メディア不信」   林香里 著