民主主義と共依存

民主主義は巨大なインフルエンサーである。誰もが他者から来るものに大きな影響を受ける厄介な性質がある。ゆえに不平等を否定するより、なるべく今明らかにされている不平等から遠いものを選ぶのが賢明であるチャンスを与える。

共依存の回復論に内在する倫理観は、先頭のアメリカで起きた。家族の中で大人が子供に、男が女に振るう暴力や虐待が、不平等という事実と同時に明らかにされた。論理性を持って主張できない者、感情に訴えかけることさえできない者の存在は声を潜めていたからだ。

なぜあなたはそんなにやさしいのか?という質問に、

「あなたが必要。あなたを利用している。」

この言葉こそ、共依存からの回復を拒否している民主主義である。これを病理と見るか、非病理と見るかの矛盾が民主主義に内在したものとして露呈したのである。

「共」という言葉は「集団性」を示す着眼点である。あらゆる依存を網羅する「共依存」はこうして生まれた。それゆえ巨大集団性たる「他者性」たちの「介入」は、ふたたび疑いにかけられるのである。「関係性におけるあるべき姿」に対するキーワードたる「回復」と、「未熟」「不健全」という対概念は、むしろ流れにそぐわない。改善を拒否することで、「悲劇的な人生」のなかに肯定性を発見し、自虐的に「不幸」のなかに「幸福」を見つめて生きている者もいるからである。

 

参考

「分かち合い社会の構想」   神野直彦 井出英策 連合総合生活開発研究所 編

「不平等」   ジェームズ・K・ガルブレイス 著

共依存の倫理」   小西真理子 著