復活を望む声

エスからニーチェへの解読。

復活は人が望むものではなく、自分から望んだものだという見解である。

「復活」は時代の復活ではなく、望んだ人の復活である。不幸な時代意識から望まれるものではない。

自分が人生に手ごたえを感じたからこそ、「されどもう一度」と自己を望むのが「超人」である。

エスは手ごたえを感じた、だから復活を宣言したのである。自分が不幸であるとすれば、そんなものを望むわけがない。ゆえに不幸な時代に生まれた程度で、人はイエスニーチェを再び望はしない。凡庸な「不幸の意識」を超えているからこそ、いつの時代にも望まれているというのが真相である。

彼らに「道半ば」での不幸、という感覚を当てはめるのは間違えだ。それは完結などしない強さだからだ。その終わりはすぐに始まりであるという自覚がある。むしろいつでも、どの時点でも完結しているのが彼らである。

強さは決して変形しない。

 

キーワード:イエス・キリスト フリードリヒ・ニーチェ