否認・欠如・満足

自らが社会性において「病」に陥っていることからくるポピュリズを視点に、「否認の病理」が鏡像段階を経てもなおアイデンティティを形成できない「否定の弁証法」を、二重否認の弁証法から再構築しようとするのが本書である。

アイデンティティを保証してくれるかに見えた新たな「他者」も、自分と同じく欠如を抱え込んだ存在である以上、欠如した他者の存在は「リアルに否定される存在」となる。そしてこれは、究極的に「他者は存在しない」という「現実界との遭遇を」引き起こす。

この「欠如の主体」は他者も同じである欠如として、欠如したものだけを、「否認」だけの欲望を正当化して行く。そこから満たされる者は欠如からの離脱ではなく、自己をも含めた否認の永遠性に生きようとする。満たされぬ自己と社会は「否認」だけで自己の欠如を満たし、存在(満足)を再構築せず、満たされぬ自分だけは他者と違うという違う独我論(自他同一論)から、否認の病理を「社会」にも投影するのである。

異常な欠如感の増幅と否認の病理による矢継ぎ早なイノベーションの肥大は、誰も求めていない社会(満足なき社会)を、「欠如」だけを認識させる社会を構築した。ここに社会の結びつきは自己の位置情報を持たないポピュリズムと化したのである。

 

キーワード:自己除外 自己例外 欠如主体 

 

参考

「ラカニアン・レフト」ラカン精神分析と政治理論    ヤニス・スタヴラカキス 著