錬金術と資本主義

金銀等の金属には「呪術的な力」が宿っているとみられていたから、金貨や金属貨幣には、「迷信」が一般的に含まれ、信じられていた。

いきなり貨幣経済がはじまった時、貨幣から見放された人々が数多く生まれた。さらに貨幣というものが、日常生活を規定するような意味を持つようになると、貨幣は貨幣所有者よりも、貨幣から見放された者たちに幸運を呼び寄せるものと強く信じられ、貨幣願望の先行性は、貨幣所有者より貨幣渇望者に潜在性として生まれたのである。

 

では「なぜ」そのようなことが言えるのか??

「料理の匂いでお腹がいっぱいになった」と、その人は料理に手をつけることはなかった。しかし主人料理人は他の客と同じように支払いを要求した。匂いでお腹がいっぱいになったのだから、食べたのと同じだという理屈である。そこでその人は、銅貨を食卓の上にチャリンと転がし「この音が聞こえたかね」と聞きく。主人料理人が「聞こえたさ」と答えると、その人は「料理の匂いは銅貨の音で払ったよ」と答えたのである。

滑稽な話であるが、これはあまりにシェークスピア氏の「ベニスの商人」の物語に酷似している。

 

 参考

「中世の窓から」   阿部謹也 著

ヴェニスの商人資本論」   岩井克人 著