既読

境界をわざと曖昧にして、都合のいい時に境界主張する我田引水派は、没落への道である。協調性のない領域主張(独我論)で滅びた集団は多い。迷惑な話である。

例えばLINEの既読だ。

既読はなんのために?

災害時の存在安否のために、というのが正論のようだが、「既読スルー」「既読無視」で傷ついている世代は多いにちがいない。そんな機能がなければ、もっとのびのび自由だ。

ゆえに「そんなことはない」という正論は、それを必要とするリアル0・01%程度の、しかもそれは確率に過ぎない曖昧さの境界を持つ。つまりいつも正しいのは、人ではないということだ。

 

キーワード:境界 無視 既読 正論? 

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