所得平等から存在平等の剰余サイクルへ

国家とグローバルの間にもはや差異はない。ゆえに国内と国外の問題区別はない。だから直接経済学(為替や所得)に出番はない。

ゆえに「ふてくされて、毒を吐く」頽落の諸カテゴリーからは外れる。所有することの彼方、存在の平等に向かうのである。身の置き所のなさの感覚から、無意味の過剰という「所有」概念から、存在の法的平等に向かうのである。

所有格差から存在格差に焦点を移すことで、ポピュリズムの罠をまぬがれ、それが所得の平等に流れ込むのを国際社会は待つのである。

 

参考

原書第10版「国際紛争」理論と歴史   ジョセフ・S.ナイ ジュニア、 デイヴィッド・A. ウェルチ 著

レヴィナス」移ろいゆくものへの視線    熊野純彦 著

ハイデガー存在と時間」を読む』   サイモン・クリッチリー&ライナー・シュールマン 著 

「大不平等」エレファントカーブが予測する未来   ブランコ・ミラノヴィッチ 著