「移動者の資料体」と「移動する資料体」の古今東西ビジネスモデル

倭寇は「見かけの属性」かもしれない。

掲げられた旗は直属のものかもしれないが、それは固定的な専属関係を意味するものではなかった。

実力主義から、公権力の通行書よりも、旅先地域の有力者の書状がよく携帯された。

戦火のなか、移動者の資料は、移動する資料となる。廃墟と化した修道院に捨てられたのか、保管されたのかわからない記録書面の状態。

名所・歌枕では、移動者による歌の書き付けという行為が、「蔦」「出会いの場」「交換の場」「修行者」のイメージを実感させた。

巡礼にもまた「基本的経路」に加え、「発展的経路」が存在した。移動の意味は魂を導く道標のモザイクとなる。

水都の輪郭をめぐる手がかりも、この微妙な複線になる。

終末意識深まる修道院は、「岩窟」を安定した復活のための場として、王家を埋葬した。

英雄の時代も終わり、リスク回避の時代は、こうして「地理上の目標」を達成して来たのである。

 

参考

「移動者の中世」    高橋慎一朗 千葉敏之 編

「最後のヴァイキング」   スティーブン・R・バウン 著