世界肯定という完結

「死生観」の中には、「生死観」たる「別れ」はないから、「時間循環」(往来)のなかにある。

死生観は「世界との和解」の産物であるから「心の平和」である。これは「自分自身との和解」であるから「生死観」ではない。

終わりよければすべて良し。それはある意味、和解をしていくプロセス(人生)であるからだ。和解のプロセスなくして生きて来た世界を肯定し、自己を肯定することはできない。

つまり「和解」にまでいたらなければ、それは単なる物理的「生死観」(別れ)であり

「死生観」たる満足(完結・完成)はない。

 

 

参考

「生きられた死生観」   大町公 著