「否定神学」講

騎士はやがて傭兵となりながら、その行動規範の一部は、マナーやエチケットとなる。この「分離」はいかにして起こるのか?

外部へと無差別に流れ出る先行き不安は、否定する傾向を内向に持つことになる。

否定神学」的生命主義がそれである。この無意識は、「メタ言語という可能性を崩壊させた時」にあらわれる。そしてこれは葛藤それ自体を否認する「文体への意志」となる。

制御(所有)をつねに超え出る内部の外部という寄生性ゆえに、歴史的な根源的な恣意性というスキャンダルとしても出来してくる。ここに「思想の物質化」という否定神学的「情動」という「問題系」が再活性化し生まれ来るのである。

 

参考

「中世ヨーロッパの騎士」   フランシス・ギース 著

グローバル化のなかの日本再考」    青木一能 編

「情動とモダニティ」   遠藤不比人 著

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