ライフコース

ライフコースは、個々人の嗜好に従って意図的に選択されることもあれば、「気がついたらそうなっていた」と認識されていることもある。

成人期への移行完了局面での脱標準化は、経済の低成長期への突入と産業構造の変化、都市化の進展を背景として生まれた。就職、結婚、あるいは親になるといった出来事が若者にとって「選択的」なものになったこと、つまり「個人化」したことが、ライフコースの多様化を進めた。

そしてライフコースそのものから特別な意義を見出せない以上、この個人化は「作為」か「不作為」かというレベルに落ち着く。不作為の何が悪いのかと。けれどもそこから作為としての「社会保障」ニーズの変化が生まれたことは事実である。またそうした制度変更が、家族を作る「利点」(家族のリスク対応機能に対する評価)を弱め、よりいっそう家族形成を減らす危険もあり、「家族」と「社会保障」との役割分担が不作為では済まない意義の問題となってくることは必定であると思われる。

不作為という「気づいたらそうなっていた」という認識に対し、選択である以上不作為を作為として行かなければ、時代を認識し本当に理解しているとは言えないと思われるのである。

 

参考

「日本の人口動向とこれからの社会」人口潮流が変える日本と世界  森田朗 監修 国立社会保障・人口問題研究所 編