差延の開始

中村真一郎「死の影の下に」の印象・・・・井村君江

「動物の死」にはすぐに納得が行く。それは生きていることの「終わり」を意味するからだ。しかし人の死は山奥で死ぬ静かな動物の死とは異なる。煩雑な法律的経済的習慣的な社会機構が現われる「開幕の合図」である。一人の人の死は、社会の定められた穴埋めが必要となる出来事とみられる。そして知った人々の記憶のなかで死んだことが認識されれば、その人は「今までよりももっと生きている」ことになり、その濃度は以前より深まる。死の開始は人々の記憶に残るから死の進み方が遅くなる。つまり人は「完全な死」を遅らせるのである。

 

参考

中村真一郎手帖12」   中村真一郎の会 編