対抗民主主義とその設定

課題を与えなくっても、考える人間は攻め込んでくる。

現実に不自然さを感じているからではなく、「変わった設定」をしてみる人間が自然に出てくるからだ。

 身体だけでなく、ひとの「こころ」も進化によってデザインされたからだ。

 「対抗民主主義」はこうした進化のなかで、市民の後退と私的な領域にのみ縮減された世界として到来した。こうして民主主義は機能不全に陥る。対抗民主主義の各種権力は、いっさいの全体図を伴わない実践の累積として構成された現代のガラパゴスである。ゆえに「目的別」制度として、想像されるような「合憲性」を持つには至らない。つまり「我々は認識において勝ち得たものを、想像力において失った」のである。個人は「全体図」をもはや想像できない。「手続き法」に落とし込めば誰でも「横領」できる「選民」になり下がったのである。

ここから意志が「自由な原因」ではなく「強制された原因」であることに気づく。ゆえに行為は意志を原因としない。言語は自分自身の歴史をつくる。ただし、思うがままにではない。

こうして言語は設定を変えて現代を話し出す。

 

参考

言ってはいけない」残酷すぎる真実   橘玲 著

「カウンター・デモクラシー」不信の時代の政治   ピエール・ロザンヴァロン 著

「中動態の世界」意志と責任の考古学    國分巧一郎 著