国会中継?

甲子園の球児は、声出しを大切にする。スポーツ選手は声を出して覚醒し、士気やチームのムードを高めるが、国会議員が答弁に声を荒げたり、ヤジを飛ばしたりする必要はない。そういう「ムード」は誰の目にも不愉快である。これは支配的な「口封じ」(下品な権力)である。

プネウマ(息を吹き込む)という「パロール」が度を越して行くと、やがて狂乱と争いになることは、古代ギリシアの時代から知られている。ゆえにその発散からオリンピックが生まれ、政治は言い争いという「自力救済」ではなく、法の支配(あるいは契約)による議会制民主主義の方向を選んだのである。

現代のプネウマ(パロール)封じ込めは失敗している。まるで自分が法律であるかのように身体・精神ストレスを日常に下品発散させているのである。

 

キーワード:オリンピック プネウマ 民主主義 契約 エクリチュール