「過剰な自己供与」と贈与論の差異

岩井克人氏の「貨幣論」では、「貨幣という存在はみずからの存在の根拠をみずからつくりだしている存在」で、「無限の循環論法によって、宙づり的に支えられているにすぎない」存在である。そしてそれは「無限の未来からの贈与」のようなものだ。他者に受け取ってもらえることから、ゆえに貨幣とはつねに改善される正義でもある。しかし貨幣という経済的自我は「自ー律」であり、他者をも必要としない自己増殖で自立する、人間系とは別物である。その贈与は自己のために強引に貸し付ける自己増殖である。ここにあるのは他者のためではなく、貨幣の自律という外系である。貨幣はこうして外界の状況をまったく理解しない。

ゆえに税金を支払うことで他人への贈与が免除されるような事態が正当化されるわけではない。貨幣という名の過剰な自己供与(貸付)は、労働力の意に反した過剰供出として、資本の際限なき自己増殖のために循環している寄生である。

 

参考

「貨幣の経済学」インフレ・デフレ・そして貨幣の未来    岩村充 著

「貨幣の哲学」   エマニュエル・レヴィナス 著 (R・ビュルグヒュㇻーヴ編)