読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「症候」としての商品形態論

商品形態というのは、その形態そのものが示す「症候」である。抑圧された労働がつくりだした崇高な症例である。フロイト氏が「抑圧論」と「自我論」で示したものと、フーコー氏が「知の考古学」等で示したものは同じである。それは無意識に現れる「夢の秘密」である。ラカン氏が示した「象徴」とはまさに「ドリーム」を自分のものにしようとする「自己抑圧」である。これが労働の抑圧から生まれた物神崇拝・物神的倒錯である。

つまり形態的起源からして、ある内的な「病理学的」過程に依存しているのである。抑圧された社会的次元が生み出す商品形態論は「誤った意識」ではなく「否認の病」たる社会的現実性である。主体はこうして「自分の症候を楽しむ」。つまり支配と隷属の関係がいまだにあるから、労働遂行の人間関係は「物どうしの社会関係」という症候として現れるのである。これはポピュリズとしての資本主義社会特有の「転換ヒステリー」である。

現代の秀逸な著作が、テクストをイデオロギー的に、「症候的に読解」しているのは、この意味によるのである。

 

参考

イデオロギーの崇高な対象」   スラヴォイ・ジジェク 著