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内部観測者(偶有性の記号記述ネットワーク)

「商品形態論」という「物の見方の歴史」とそれが支える「生命維持」は、過去の物の見方を間違っているものとして切り捨てることではない。そうした見方がどういう現象のもとに、どういう関心に即して、どういう論理に従って作られて来たのかを明らかにする。つまり科学の成立の前提となっている知識の構造を開示することである。それが「生命とは何か」という事にも直接つながるからだ。生命の理解とは、対象を分解し操作することではなく、相手の主体性を前提とし、その行動を理解することが生命活動の鍵である。

記号の消費である人間の生命記号論は、自然と文化の違いが「質」ではなく、程度の差でしかないことを示す。つまり記号の解釈が生命の根幹を担うのである。

「原因ー結果」をそれとして見定めるのは、我々以外の「記号」という「内部観測者」である。記号は「誰かに何かを表わすもの」である。つまり「記述の自発性」が内部観測者である。そしてこの内部観測者としての記号は、不可侵の絶対の権威を振りかざす記述ではなく、際限のない「更改」を繰り返すという、認められた秩序を示す。

相互依存のネットワークで結ばれた現代、すべてに「予想できるものと予想できないもの」が「偶有性」として入り混じってくる。これは「脳」の偶有性と同じ仕組みの内部観測者である。偶有性を必然性として引き受ける「覚悟」は、更改を必然とする記述をし続けなければならないという宿命の認識論である。

つまりこの内部観測者という記号である「記述」は、「私」である必然性を持たない。こうして繰り返される記述は「無私」を得る道となる。「偶有性は必ず我々を追いかけてくる」、ゆえにその相互性はあくなき更改を人類に「迫る」のである。

 

参考

「ひとは生命をどのように理解してきたか」  山口裕之 著

「生命記号論」宇宙の意味と表象   ジャスパー・ホフマイヤー 著

「生命と偶有性」   茂木健一郎 著