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文芸

人情本滑稽本という「中本」では、「人間の弱さの肯定」を実践可能にするために、「業の肯定」(思うがままに生きればいい)を主人公に設定する。

 

「彼女を語るとき、ひとは・・・・・」

なぜコンスタンツェは否定的なまなざしで受け止められてきたのか?彼女を「いかに語るか」という姿勢のなかには、それを「語っている当人の本性」が必ずやにじみ出ている。人間の嫉妬と羨望はわかり難い。

「これはわれわれの『敗北』かもしれない・・・・」

モーツァルトのことを知っている自分を「すばらしい」と捉える見かたが入ると、ひとは突然様子が変わってくる。それはそのまま、「自分は他人より優れている」というナルシスティックな「優越感」につながってゆく。「周囲の存在をこき下ろす」ことで、「悦に入る」と言う、偏狭な「ナショナリズム」のように。

 

文芸は、さまざまな逃れがたい「業」を肯定し、かつ人の「虚実」に真摯でありたいと思ってきた。そしてそれは、「自分を大きく見せようとする虚飾の現実」に対し、「フィクション」という「大きさ」で答えて来たのである。

 

参考

「中本研究」滑稽本人情本を捉える    鈴木圭一 著

『コンスタンツェ・モーツァルト』「悪妻」伝説の虚実   小宮正安 著