底辺への競争

国境に縛られず、高い移動性を持つ「資本」とは対照的に、労働者と国家は固定的である。インフラである教育環境や医療制度は国によって大きく異なる。しかしグローバル化は「底辺への競争」(ルールなき競争)にすべてを追い込み、この国内規制をより脆弱化する。これで企業は自らの社会的責任や人権安全衛生を全うできるのか?

オリンピック誘致も資本(短期)のように扱われてきたが、それは長期的にも「レガシー」(遺産)とはならない。長期的利益(レガシー)であるなら、それは持続可能なインフラにならねば税金・増税となるだけだ。資金が医療や教育や持続可能性の促進という価値あるインフラ整備に使われなければ、それは「底辺への競争」であり、決して雇用の促進や経済発展にはつながらないのである。

 

キーワード:ポピュリズム 厚生経済学

 

参考

グローバル化のなかの労使関係」   首藤若菜 著

「オリンピック幻想論」    アンドリュー・ジンバリスト 著