桜並木の道

直線と錯視と光は似ている。これは春の訪れに来る「ストライプ論」の続きである。

幾何光学では光が「直線」のように進む。波動光学では光が「波」のように進む。光子では光は波のような働きのできる「粒子」によって伝えられる。「有効理論」によれば、あなたにとって小さなものが、私にとってはとても大きい。

人間の目は外の現実を確かめる手段としては必ずしも信頼のおけるものではないが、2点間の距離と錯覚された数直線が実は、「等質等方性」を示す「射影的性質」であったことを目は発見したのである。これは「平行線」に「共可動性」(ストライプあるいは格子)という不変性を与える(非ユークリッド)。

我々は知らなくても、この射影のなかに「対象の存在」を含有する先験性(現象学)を持つ。この平行線のブレそのものが人間の知覚を「計量」幾何学的に、錯視的(比較差異的)に「同時存在」させるからである。直線上の両端2点間はここで「距離」ではなく、数(対称性)であることを宣言する。移す・映す・写すということはこうして「本質」に影響を与えない「利用」としての「道具存在」(ハイデガー的)を人間認識に「知覚」として与えたのである。

 

参考

「宇宙の扉をノックする」   リサ・ランドール 著

「田邊 元全集」第二巻     筑摩書房