話が合う(現前を超えて)

再び「明六社」へと降り立つ。誰もがいまは言葉を信じていないし、嘘をつくと言うが、言葉というものが意味を持たなくなったのでは決してない。

「合議」は「翻訳」に際して行われる「討論」である。この翻訳会議構想は「欧州」のコンプレックスに比して趣旨された。日本はこの「翻訳文字合議説」で日本語を今まで以上により豊かにした。

入力に対し「出力」がとてつもなく大きいのは対話論(プラトン)による。完璧な言葉が先にあってコミュニケーションが可能・成立するのではない。人が人を知りたいとき、それならただ聞くだけで対話はいらない。それこそ完璧な言語で十分だが、それでは文字通りで面白味はない。知る前から知っているようなものだ(現前)。

しかし対話という曖昧な方向性(揺れ)はいままで知らなかったお互いの間でとてつもなく大きい何かを達成感のように創造する。それは付加(生成)する絆であり愛情である。「話が合う」というのはそういう言語創造の場事である。

 

参考

偽史の政治学」新日本政治思想史     河野有理 著

「統辞理論の諸相」方法論序説     チョムスキー 著

「紋切型辞典」     ギュスターヴ・フローベール 著