不可視化とその共謀の未来(科学の波)

「共約可能な経験と共約不可能な体験」は、原理的に「経験」ではなく「体験」としての「遊び」から説明される。フランスのラスコー洞窟絵画の洞窟画家がはたして幾何学を知っていたのだろうか。たぶん知っていたし、知っていなかった。さもなければ無意識に美術と数学は偶然融合できない。

再現美術の技法のための基礎を探ることは射影幾何学の発達の重要な一歩だったが、射影幾何学ユークリッド幾何学より根本的であることが証明されると、ユークリッド幾何学は実は射影幾何学というもっと広くて包括的な分野の特殊な場合だと言う「逆転」が起こった。

このことは、数学と美術の関係も両義的であり「後になってからわかる」、「後になってから役に立つ」ということを示す。つまり現実には見えない「対称性」(不変性)を求めてきたことを現わしている。将来が不可視ということは実は、この対称性の統一(科学)によるのだ。

「人の素質」というものは大抵は「後になって」言われることで、それが「創造性」と言われていることも興味深い。初めから知る者はいないところが「科学的」だ。

一見なんの関係もないものが「波動的」な像によりはじめて統一的に理解されたように、物理学の特徴的な性格の一つは、「感覚的」な要素(物体の色、音など)を「波動」というような「非感覚的」なものでおきかえる点にある。

物理的な世界の中には音も色もない。感覚的要素を非感覚的なものでおきかえることは、第一に「量的」な取り扱いを可能にし、第二に別々な感覚に属していた色々な現象を「統一」するに役立つ。こういう方法で始めて物理学は統一的な精密科学になった。

量子論の認識論的意義は、益々非感覚的になり、我々に感覚の及ばぬ領域を支配する力を与えるとともに、物理学的自然認識が一方的なものであることを示す。この特性が今後「科学」として推し進められる以上、「経験と体験」、「素質と創造」の関係はますます「不可視」となるが、だれも「今をあきらめる」必要がないことを、科学(特性)の「不可視化」と「不可視性」の「共謀」は我々に示している。

 

参考

「贈与と交換の教育学」漱石、賢治と純粋贈与のレッスン   矢野智司 著

「はじめからの数学」① 空間と形の言語    ジョン・タバク 著

湯川秀樹著作集」4 科学文明と創造性    湯川秀樹 著

朝永振一郎著作集」9 マクロの世界からミクロの世界へ   朝永振一郎 著