新認識論二篇

自分を見捨てない人間は、「選択」を強要されることを嫌う。むしろデフォルトによる自由を取る。選ぶことより選ばないことを選択することで、他者に質問されないことを好む。各主体は柔らかくお互いをしりぞける。つまりこのデフォルト・ルールはビッグデータの両義性である。選ぶことでも選ばないことでも、自分が存在できるネット上のルールである。

 

病気の症状は決して正常な状態から引き出すことはできない。また「回復することが危険な病気」という逆説も人間には存在する。「誤謬」がないと「後戻り」できないから危険なのである。認識論上健康だと言われる人は、自分の健康を見捨てないかぎり健康であるが、それはすでに始まっている「破壊の上」で彼が取り戻そうとしている「均衡」である。つまり病気の脅威は健康の構成要素である。

 

参考

『選択しないという選択』ビッグデータで変わる「自由」のかたち   キャス・サンスティーン 著

『正常と病理』   ジョルジュ・カンギレム 著