偶然(謙虚)

モーリス・メルロ=ポンティ氏は松下幸之助氏のように、すべては「偶然」であると考えた。そう考えないと「大多数」に影響するとき、それは危険思想になるからだ。

確かに「穀物遺伝子組み換え」で大多数の貧困者を救うことができるかもしれないが、それは「一人の命」を軽視する思い上がった人間が考えつく「虚環境」である場合が多い。それが「才能」だと「優生学」で思い上がるのだ。

自然は構築されず制度化されない。それはまったく対象ではない対象である。人間にあっては一切が小さな偶然の連続であって、何らかの本質によって保証されているわけではなく、それは人のなかで、客観的身体のさまざまな偶然事を通じて、たえずつくり直されなければならぬからである。

 

参考

「動物の境界」現象学から展成の自然誌へ    菅原和孝 著