夕やけだんだん

「私はこの世に生まれた以上何かしなければならなん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。・・・・ただ腹の底ではこの先自分はどうなるだろうと思って、人知れず陰鬱な日を送ったのであります。」(私の個人主義

何が来るかわからない「不安の念」は、彼の「存在論的構え」となり「文の構え」と同一化する。「模索」そのものが、その予測のつかない「文の構え」として、「同時並列処理」され生み出された作品群こそ、漱石そのものだったのである。

そしてそれは、自己と環境の関係が生み出す「対症療法」の役割を果たす。

「どうしても日が暮れない」と漱石は書く。これは文学の遺言である。

エクリチュールの世界は零度だ。生々しくも寂寥な世界である。この無性格論は、やがて居場所のない「則天去私」という新たな「文の構え」を生む。

彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。

 

参考

漱石における〈文学の力〉とは」    佐藤泰正 編