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価値の迷宮

マックス・ウェーバー氏(プロテスタント)とヴェルナー・ゾンバルト氏(ブルジョア)を比較すると、人間特有の価値観が見えてくる。それは「排除」を崇高とする価値観である。

そんなものが価値観であるわけがない、と言うかもしれないが、今のところそれが「精神」であることに間違いはない。真面目な人間は、規範を持つゆえに、はじめから何事に対しても受け入れの門戸が狭い。多様性を楽しめない。

「コスト」の問題で「AI」に職を奪われるのではない。人間をコストと思う排除の法則を人間自らが価値だと思うから、最後には自分も排除される予感を感じるのだ。

自分も含めすべて無価値。そして誰も居なくなったところに「何か」を残す?

これは止めようのない倦怠的「節約」であり、「価値という奢侈」には程遠い精神史である。すべてから価値を奪うことは、これ貧困である。