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「私」と「私たち」の断絶

僕は、そこに立つ人間の内面より、その表層的なシルエットがどんな劇言語を発するか、それによって空間がどう変化するかを知りたいし、それが、僕が舞台上で、何かを表現する事なんだと思います。

                『日本・現代・アート~「終わりなき日常」の断絶から』宮沢章夫

 

表層はふと出現する、それがどういう理由であるかはわからないが、それは「語らない」が他の誰かに送り届けられている。これは大前提だ。

しかし一連は、この前提を追い詰めている。

リアリティという言葉は、いつのまにかアクチュアリティにすり替わってしまった。「アクチュアリティを武器に個をいち早く捨てる術」を持つことは、事態をより不分明に、悪しき曖昧さに追いやっているということもあるのではないかと。

当事者とは誰か?「私」は「私たち」にすり替えられる。

 

私たちはどうして沈黙するのか。私たちは正しくなかったのか。それはわたしたちの役に立ったのか。まったく。私たちはなにも決められない、わたしたちは残らないから。別になにかが残る。別の何か!

                                 『光のない。』イェリネク

 

参考

『シチュエーションズ』「以後」をめぐって       佐々木敦 著