表象音楽論

シュトラウス氏は、妻がすぐに家庭に入ったことから、家族を大切にした。家庭を守るために政治的に「日和見」を取る。そこを後世の評論家はお気に召さなかったのか?

しかし彼は、それゆえに「沈黙」の音楽に、より高い可能性としての表現を託す。ヴァーグナーのように自分を直接政治的に表現しない。ゆえにそれは必然的に処世術となり、大人の表象論となる。

ホフマンスタール氏も、古典劇のコロスのように表現を中心に置かない表象論で再構築して行く。両者は現代の表象言語論に近い音楽を創造したのである。

 

参考

リヒャルト・シュトラウスホフマンスタール」    三宅新三 著