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覚変

本書は読者を必要とする。

それはプルトニウム問題と核不拡散派の存在である。使用済み核燃料の直接処分を採っている米国では、再処理は選択肢とならない。インドが再処理により核物質(プルトニウム)を抽出していたためだ。こうして核不拡散のために米国は商業用(民生用)の再処理を断念する。再処理工場が稼働すること自体が核兵器の材料である余剰プルトニウムの蓄積を許す危険に曝されることになるからだ。ここで原子力の平和利用という文言が両義的毒性を持って立ちはだかることになる。これこそが、原発容認にして再処理別問題の覚変である。エネルギー安全保障と政策の問題に、プルトニウム分離と消費・処分問題のバランスが各国で持ち上がることになる。

再処理はプルトニウムを抽出する技術であり、当初それは第二次世界大戦時、核兵器製造のために開発された。核兵器の原料である核分裂性物質の不足を懸念して考えられた技術である。それが原子力の民生利用の進みとともに、ウランの希少を補うためにプルトニウムを利用した高速増殖炉プルサーマルによる発電消費に方向を変えた。日本の再処理はこの「核燃料サイクル」を確立するというものであり、米国の核拡散を懸念する視点とは異なるが、核不拡散の問題というよりもセキュリティの面で危険なことは事実である。

米国が日本に対しては再処理の包括事前同意を与えているということから、日本と同等の権利を求める韓国等の国家主権からくるナショナリズム的主張も存在する。

日本が持つ「潜在的核抑止力」とはこのような経緯を踏まえ、核武装を短期間で可能にする「技術抑止」として核燃料サイクルにこだわり、今でもそれを回し続けているとも言える危険があるのは事実である。

 

参考

「アメリカは日本の原子力政策をどうみているか」   鈴木達治郎 猿田佐世 編