教育と教化

なぜ「英才」教育になったのか?

もともと教育は、1科でも優れている者がいれば推挙され、本人はみずからの「才」を誇示しなかったため、その評価は「公正」として、だれも疑わなかったと言われる。

しかし「特定の人」、つまり自分の子に等しい「教化」がはじまると、藩士の「集団」教育強化である「教化」もはじまり、集団内の特別なる優劣を決して、そこに将来の藩を託すことになったのである。

 

参考

「江戸教育思想史研究」    前田勉 著