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自に然る

社会科学は、社会の「自然な姿」や「あるべき姿」を探って描きだそうとする試みである。それは自然科学が探ってきたものと同じだ。

法との関係で注目に値するのは、「経済表」のケネー氏も「国富論」のスミス氏も、「法のあるべき姿」(自然法の枠組み)を、現実の法(実定法)を批判する根拠として活用しているという点である。自然法(自然の法則)に基礎を置いた実定法が施行されていれば、社会の「物質代謝過程」が円滑になり、繁栄がもたらされると考え、自然の法則に根差す「自然法」にあっていない実定法は、物質代謝過程の正常な働きを阻害するため、修正されるべきものと考えた。

本当の教訓もまた同じだ。テクノロジー(実定法)とはまったく関係ない。問題は正しい心と精神、そして意志である。いまある現実が自然であると言える根拠はどこにもないからだ。ゆえにテクノロジーで武装した人間があるべき姿とは言えない。私たちには私たち自身の内面の成長が欠かせない。人々に美徳を見出すことなく自由や幸福を保証できると思うのは非現実的な考えである。

中核のテーマは、社会的状況を解決するべきテクノロジーの問題とみるよりも、育成するべき人や制度として、長い目で見ることを自然法の進化論は教える。

 

参考

「法と社会科学をつなぐ」    飯田高 著

「テクノロジーは貧困を救わない」   外山健太郎 著