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「多」と「大量」の差異

「大量」という次元は混乱を招く。大きな原因があるからだ。

「多からなる一」の編入方式として「市民」という概念を導入するジェフリー・アレクサンダー氏は、大量移民時代ゆえに、「貢献」よりも、「排除・差別」を問題の中心に据えるようになる。

大量生産の時代もまた比較生産費説(比較生産地説)があったように、そこには貢献よりも人々が見失ってしまう「排除・差別」などが確実に現われる。「大量」であるゆえに「多」という個性が歪むのである。

ポスト移民の時代とは、直接移民論でも内需拡大論にもなく、「大量」という前時代産業の受け入れが廃れたいま、新しい産業の模索であるのは確実である。

 

参考

『アメリカ多文化社会論』「多からなる一」の系譜と現在  南川文理 著