憧憬という集合論的説明

 本書は、時代利用された「され方」に異議を唱える。

日本主義から個人主義への「憧憬」が高山樗牛氏にはある。それは夏目漱石氏やニーチェ主義とも違う。その憧憬は「数学的」である。であるから誤解され、よりわかり難い。この「憧憬」という「新語」は、当時「無価値」とされていた事象を「集合的な主観的意識」の表われとして取り扱うことを可能にしたのである。「国家」や「民族」、「文明」に対する新たな語り口を矛盾なく提供したのである。いまでこそこれは、大した「概念装置」ではないが、当時においては画期的であった。ナショナリズムに対し、世界が集合論的に存在していることを示したのである。

 

参考

「〈憧憬〉の明治精神史」高山樗牛・姉崎嘲風の時代   長尾宗典 著