「分業のパラドクス」を超えた人物がいた。

本書は秀逸である。多くの切り口があるが、「分業」を中心に考える。そこが天才の部分だからだ。

重要なのはインターネット時代のファヴレスとファウンドリーの動きである。

そもそも水平分業の出発点は、ハードウェアとソフトウェアにある。インターフェースさえ守れば、複数企業による分業が可能だ。日本がこの分業に乗り遅れた理由は、設計と製造の分業(ファヴレスとファウンドリーの分業)が進まず、その「統合形態」(固定費)をいつまでも「技術」と思い込んだことにある。出版社と印刷会社の関係がファヴレスとファウンドリーの分業に似ているように、そこには新たな信頼関係が生まれなければならない。本や雑誌の編集者の最大の仕事は、「読者が何を読みたがっているか」を探し当てることだ。この仕事に大きな装置はいらない。ここに3Ⅾプリンターやドローンの新業態がある。小さな分業は小回りが利き、よりきめ細かくなる。

そして設計と製造の分業を促すのは、実は「製造技術の進歩」だと本書は言う。

製造技術が未熟なうちは、設計技術(固定費)の必然が生まれている。しかし製造技術が進歩すると、設計者が製造技術のことを気にしなくてよくなり、むしろユーザーの意図を探り、それを実現するほうに注力する。

これが「企業を使わず」に「市場を使う」、という「情報処理文化圏」であると。

 

参考

「電子立国は、なぜ凋落したか」    西村吉雄 著