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「バステト」解読

 

猫のその眼は太陽の神格化であった。(エジプト神話)

しかし猫の魅力は「社交」にはなく、捕食本能(自由と不服従)にある。そこには無くすることのできない「狩り」のための「環境優位」がある。その説明には以下があっても良いと思う。神々の上にはまだ運命という位階があったのである。

猫崇拝は古代エジプト人の宗教に関わってる。猫崇拝は、野生のハンターから、飼いならされたペットへ進化するに必要な時間を与えたが、その本能は失われてはいなかった。なぜならこの崇拝は「生と死」に関係していたからだ。家畜や従順にもならなかった「狩り」の本能は、人の「復活象徴」だったからだ。与えられたものではない捕食の偶然性は、強い復活のイメージ(食物連鎖の神話)と、与えれれているという神の加護を同時に想起させたからである。捕獲は成功したが、そこには偶然もあり、生かされているという恵の感覚もあったのだ。死するものが多かった時代それは、そう思われて当然であった。こうして猫は人と共に埋葬されている。

私たちは自分が動物であり、食物連鎖を否定することは、動物たちも私たちも食べつくすことはできないという定義と同等であるくらい重要であった。そこには、私たちを自然と他者につなげる新しい創造の物語が必要であった。わたしたちに力を与えてくれる物語は全員が賛成することの事実に依った。これが個々の死を超えることのできる事実の上に築かれた「信仰」である。

猫は復活の象徴として古代エジプトの地に人と埋葬されたのである。そしてその概念は、人は「捕食という狩り」を知らなければ、犠牲(食物連鎖)という「人の心」を統治できない。そしてそれはある意味「自由」を象徴したとも考えられる。

 

 参考

「猫的感覚」動物行動学が教えるネコの心理    ジョン・ブラッドショー 著

「生から死へ、死から生へ」生き物の葬儀屋たちの物語    べルンド・ハインリッチ 著