「不完全という完全性」の認識

しかし、その関心と「社会」との距離は遠かった。いや、その関心も実は「社会」と密接に繋がっていたのかもしれない。だが、少なくとも僕はまだその繋がりを「表現」できるほどの言葉と経験を持ち合わせていなかったのだ。(アサダワタル)

 

ルソー氏の場合がそうであったように「社会性を人間の本質とみなし、人間を本源的不完全性とともに生まれるがゆえに、他者を必要とし、他者に尊敬されることを必要とする存在」。(文化人類学文献辞典)

 

人類の「完成したもの」が打ち砕かれたのではない。そのプロセスが意識された生誕にすぎない。

 

参考

ひとびとの精神史(第9巻)「震災前後2000年以降」   栗原彬 編

「民主主義の内なる敵」   ツヴェタン・トドロフ 著