改造から教育へ

教育の実験をしてよいか?

これは一言で目を奪い、心をつかむ言葉だ。

 

人は造られるのでなく育つもの。しかし人は造り変えられるという「妄想」を抱く人は多い。人を造りかえるどころか育てることすら十分できないのに、教育がもっとも実験室化しやすいのはなぜだろうか?危険だ。

それよりも、子供がそこにいれば勝手に育つ、そのような場所をどう用意して置くかが、大人の責務である。それは「他者が無限を有限で埋めてゆく収束の場にゆだねること」だ。

 

これをポジティブにとらえるには「弱み」を「強み」にする技術が必要だ。

1、その青春、喋れば生意気。書けば文学。

2、その不満、言えば愚痴。書けば文学。

3、その毎日、気づけば微妙。書けば文学。

4、その人生、語れば説教。書けば文学。

読み手が「自分にも可能性がある!」と希望を持ち、前向きな気持ちになれる「言説」を、大人は自分も含め、もっと創造しなければならない。

 

参考

岩波講座 現代 8「学習する社会の明日」    佐藤卓己 編

「超分類!キャッチコピーの表現辞典」      森山晋平 編