自己と世界

何かをゴールに決めて、何かを犠牲にしなければならないのか?代替効果に意味はあるのか?何も犠牲にし、消去する必要はない。欲はあって良い。コントロールできるようになれば良いだけのことだ。そうすればより大きなものをコントロールできるようになるからだ。自己の内をコントロールできるということは、自己の外をコントロールできるようになるということで、犠牲論やゴール論という実在設定は無意味である。自己とと外部は同一のものなるからだ。