社会的厚生関数と独裁

本書は、経済学が「独裁」か「賦課」に終わる事を説く。方法論としては代数的位相幾何学による。

しかしこの方法論に「影響力」を解析学させないのは、個人から集団へのシフト(比較・選好・順序)が、嗜好・効用も、道徳・厚生も、保障しないからである。これが社会的厚生関数が見た無力である。これは「文学の終焉」と似ている。終焉後も存在している今の主体無きテクストの姿である。

これはプラザ合意以降の変動相場性の無力と似ているのである。「影響力」を中心とする均衡の土台は増々減少し、変動部分にとって代わられて行くからである。所得論で言えば、基本給は浸食され、アドホックな景気が残業量と残業時間で相殺されてゆくこと同等である。プレーヤーは「総蓄積」の概念を利用できないのである。

分配倫理(変動均衡)だけに頼る変動相場は、個人主義と独裁を同義にするほどの写像を賦課するのである。

 

参考

第三版「社会的選択と個人的評価」  ケネス・J・アロー 著