始まりの終わり

ハル・ノート」の時、まだ「思考力」は発現しておらず、「作業」だけが進んでいた。やがて太平洋戦争がはじまる。

「終わりの時」は来ていたが、頑固に戦争と言う「作業」は進めれた。「追い込まれた」土壇場で、戦局は悲惨でも、敗北宣言のその後の扱いに皆は怯えていた。こうして始まりは終わることができなかった。

「終わり」には国民も天皇と共に、にたぶん名誉ある死を望むかもしれない。ここで初めて「思考力」は発現した。それでは世界人類の幸福と平和に今後の日本は貢献することができない。こうして終戦は、「天皇」により下されたのである。

 

参考

「終戦時宰相 鈴木貫太郎」     小松茂朗 著