遠くにありて思うもの

本書は、「1%に満たない「正典」を精読するだけで世界文学は説明できるか」、というデータの問題に答える。それは現代のすべてに共通する。理論ではなくネットワークの分析が必要だと。

すでに「旧い世界には新しい空間」が広がっている。過去の現象はすでに現代において暗号化され、レトリックやプロット上の工夫で、現象そのもの深い意味を隠し包みつつ、読者の根底にある不注意を育むことができる。

そして文学の干渉は左右対称ということがない。目標文学は起点文学によって干渉を受けるが、起点文学の方では目標文学のことを完全に無視している。こうした国際的力学のなかで、「対外負債」のシナリオを常に負っているのである。

つまり最も遠いところから、精読よりも、距離のある所(二次情報・代替情報)からテクストのすべてが始まる。「プラネット・ハリウッド」はそのグローバル的影響を語る。こうしてスタンダール氏のいうように、野心的であればあるほど、自分の観点を信じることからすべては始まる資格を持つ。「始まりの終わり」は「今とここ」、この「個人の発信」からこそ始まるのである。

 

参考

「遠読」〈世界文学システム〉への挑戦    フランコモレッティ 著