転倒の論理(反転)

本書の「逸らす工夫」を考える。

 

必要から到来するものではないもの、すなわち強制からではなく、「自由な開かれ」から到来するもの。自由にすることは、本来的ないたわりのうちにある。自由のうちにそなわった自由にするものが、あらかじめ必要を逸らし、反転させる。必要を「必然」(自由の中にある最も高い可能性)に転じるものだ。それゆえ必要は「当為の強制」と「義務のための義務という空虚な拘束」として規定されない。

 

嘘でも、なりたい自分を「公言」していれば、それにふさわしい「行動」をしていれば、自然とそれになっている。それは嘘(演技)ではない。正しく「自分からを逸らす」真実である。

 

参考

「貧しさ」  マルティン・ハイデガー フィリップ・ラクー=ラバルト 著