言論と不在と匿名と

本書は「事件」である。

「矢内原事件」のクライマックスにおいて、「主人公」は必ずしも矢内原忠雄氏ではない、と本書はいう。これはミステリーだ。なぜなら、これはまだ「言論抑圧事件」ではないからだ。

本当に怖いミステリーはこれより先にある。もしこれが言論抑圧であれば、主人公は「公」にする機会すら奪われていたはずだ。つまり言論弾圧が激化すればするほど、それに対する告発は公の場から姿を消して行くからだ。こうして主人公も関係者も「不在」となる。どのような言論人が表舞台から消え、どのような見解をメディアで目にすることがなくなったかすらわからない、つまりこのミステリーが「言論抑圧」である。

 

参考

「言論抑圧」矢内原事件の構図   将基面貴巳 著