「方法の問題」と「道徳哲学」の構成

「正しい」と思い込みすぎることは、他人の言葉をシャットアウトしてしまうことにつながります。「正しさ」が「苦しさ」になってしまうのは、たいてい自分の「正しさ」が「叶わなかったとき」です。「正しさ」はあくまでも幸せになるための「手段」、「プロセス」の一つです。「この方法しかない」は生きづらさにつながってしまいがちです。自分の「正しさ」をいったん手放して、別の人の立場から考えてみる。「なぜ、自分と同じように正しい行いをしてくれないのか」は決して考えない。多数派が「正しい」という暗黙のルールが組織内に定着すると、「個人の正しさ」を圧迫するからです。

 

カント氏は「道徳」と「幸せ」を「超越論的」に考えていました。つまり「正しさ」にも「別の方法」が超越論的に「多数」あることを。つまり「硬直」した一つの正しさから柔軟な正しさへと超越することで自分も他者も救われることをカント氏は知っていたのです。

 

つまり「問題解決の躓きの石」となるのは、「道徳」と同じく、「この方法だけが正しい」という「思い込み」にあります。それでは前に進めません。世界は共生の多様性にあふれているからです。

 

参考

『「正しさ」にふりまわされないコツ』  和田秀樹 著

「道徳哲学」   カント 著